2023年4月28日金曜日

今の鉄筋校舎は、昭和51年から

先日は、授業参観でした。2022年年に大規模改修工事が終わり、きれいになった六郷小学校校舎。
古い部分はもう50年近くになるのですが、印象はいかがでしょう?

実は今の鉄筋コンクリートの建物は、大きく3回に分けて建てられたものです。
最初にできた部分は昭和51年(1976年)、今の1階で言うと、校長室・たんぽぽ学級・1-1教室の4部屋にあたるところになります。


できたばかりの第1期新校舎(右)
まだ旧木造モルタル校舎も残っています(左)


それまでは、この写真のような形で、全てが木造校舎だったそうです。
一番奥の部分は、上の写真と同じ建物なのがわかります


昭和51年の工事完成後、昭和55年(1980年)、昭和57年(1982年)と3段階で今の校舎の形になりました。
よく見ると校舎の途中に不思議な継ぎ目があるのには、そんな理由だったんですね。

今通っている子の保護者の中にも、上の写真の左側の旧木造校舎のことは覚えているという方がいました。
「1年生の時は木造校舎が残っていたけど、廊下が暗くてさ…怖かったんだ」
とのこと。

おじいちゃん・おばあちゃん世代の皆さんは、もっと鮮明に木造校舎の思い出を持っていると思います。
よろしければぜひお聞かせください! こちらで紹介させていただきます。

2023年4月22日土曜日

校歌をみると、六郷がみえる!

子どもたちに母校と地域に誇りと愛着を持ってもらいたい。
…この150周年記念事業は、そんな思いで取り組んでいます。

ところで、六郷地域は、どんな地域なのでしょう?
地域を表すものは様々あると思いますが、校歌を見るとその特徴がよく表れていると思います。

あらためて、ここで紹介させてください。


(体育館に飾られている校歌)

六郷小児童は、1年生から歌うこの校歌ですが、実は、歌詞の意味をよくわからずに歌っている子もいるという噂。意味はわかっても具体的イメージがわかない…という子も多いかもしれません。
このブログでも、歌詞に出てくるいくつかを写真などで紹介していければと思います。


六郷小学校校歌

蔵王の嶺は 雲をさき  井土の浜辺による波の
ひびきも高き まなびやに  六年いそしむ 若わしが
猛く気高く たくましく   まことをみがく 春と秋

広瀬名取の あうところ   流れは里をうるおして
恵みあふるる まなびやに  六年たのしむ 若あゆが
清くやさしく すこやけく  まことをちかう 朝と夕

黄金の穂波 はるばると   希望のみのり 地にみちて
力みなぎる まなびやに   かざす 民主の旗じるし
平和のうたも 高らかに   自由の鐘は なりわたる
ああ 栄えあれ とわに
我等が 六郷小学校


記録によれば、校歌は昭和24年11月3日に制定で、
作詞は杉村顕道氏、作曲は海鋒義美氏とのことです。

杉村顕道氏は、仙台文学館で怪談作家として紹介されたこともある方ですが、「宮城県郷土かるた」なども作っており、地域の特徴を表現することに長けていた方のようです。
(ちなみに画家の杉村惇氏は弟らしいです。)

2023年4月14日金曜日

今年も「ひがろく桜」が咲きました

学校正門を入ってすぐ左側にある「ひがろく桜」をご存じですか?

旧東六郷小で津波に耐えて生き残り花を咲かせていた1本の桜から、接ぎ木で育てた苗を2021年3月に植樹したものです。
東日本大震災、そして六郷小の歴史を伝える木の一つです。

植樹してから2年、今年も無事花を咲かせました。

今年4月6日撮影


東六郷小の統合から6年、当時を知る生徒もみな卒業してしまいましたが、思いはしっかりと受け継いでいきたいものです。


↓小学校のブログより、植樹時の様子。

仙台市立六郷小学校Blog | 奇跡の一本桜 (sendai-c.ed.jp) 



2023年3月31日金曜日

「未来へ夢をつなぐ貞山運河さがして」…六郷小の視聴覚教材から③

かつて六郷小で作った視聴覚教材のアーカイブ紹介の3本目は、平成9年度(1997年度)の「未来へ夢をつなぐ貞山運河」です。 https://www.smt.jp/library/teaching/archives/v97003.html






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「未来へ夢をつなぐ貞山運河」
1997年度 六郷小学校視聴覚教材制作委員会

2023年3月23日木曜日

「どうして六郷なの」…六郷小の視聴覚教材から②

かつて六郷小で作った視聴覚教材のアーカイブ紹介の2本目は、平成8年度(1996年度)の「どうして六郷なの」です。

https://www.smt.jp/library/teaching/archives/v96027.html


せんだいメディアテーク せんだい教材映像アーカイブより







六郷小学校という名前の由来は、六郷村にあるということを調べ、次に、ではそもそも何で「六郷」というのか?…という疑問を探っています。
江戸時代には「六郷堀」という名前がすでに使われていたことから、さらに昔を調べました。そして、室町時代の6つの郷に由来するのでは…という説にたどりついています。

最新の知見によれば、この説は必ずしも信頼性は高くないようで、土師塚=藤塚なのか?…ということも含め、「六郷」の地名がいつから言われていたのか、実はまだわかっていないようですが、こんなふうに調べてみるのはおもしろいですね。


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「どうして六郷なの -地域にある昔のものをさがしてー」
 1996年度 六郷小学校視聴覚教材制作委員会

2023年3月21日火曜日

「六郷堀って何?」…六郷小の視聴覚教材から①

 校長の有馬先生から、「かつて六郷小で作った視聴覚教材のアーカイブがあるよ」と教えていただいたので、ご紹介します!

平成7~9年度(1995~97年度)に、毎年作成されていたもの。当時の教室の様子、地域の様子も映っていますので、ぜひご覧ください。

1本目は、平成7年の「六郷堀って何?」です。
https://www.smt.jp/library/teaching/archives/v95030.html

せんだいメディアテーク せんだい教材映像アーカイブより






土地改良区で話を聞くくだりで、上流の愛宕堰から水を引いていることについて、「でも、六郷地区は、すぐ近くを広瀬川と名取川が合流する水の豊かな土地なのに、どうして堀を作ってまでも水を運ぶ必要があるのか不思議に思いました」…という話がありました。
こういう疑問を持てるくらい、地域のことがわかっているのは大事なことだな…と感じます。

今見ても見ごたえのある内容だなあ…と思える作品です。

六郷小の前の六郷堀が暗渠になる前の雰囲気も、今見ると驚きです!


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「六郷堀って何? -地域に残る古いものをたずねて-」
 1996年度 六郷小学校視聴覚教材制作委員会 



2023年3月15日水曜日

東日本大震災と六郷地域

この3月11日で、東日本大震災発生から満12年となりました。
犠牲になられた皆さまのご冥福をお祈りいたします。

12年前に発生した東日本大震災は、六郷小150年の歴史の中でも、最も大きなできごとの一つです。
六郷地域の東側の津波被災地域を中心に、六郷地域全体で126名の方が犠牲になりました。
また、もともと暮らしていた地区を離れざるを得なかった方、生業を失った方、…何らかの影響を受けた方はたくさんいらっしゃいます。

学校について言えば、平成29年(2017年)に東六郷小と六郷小が統合することになったのも、学区全域が津波被害を受けた東六郷小の児童が減少した結果です。
当時の東六郷小学校学区4地区(藤塚・井土・種次・二木)はもちろん、六郷小旧学区内でも、三本塚、下飯田、今泉地区については大きな津波被害がありました。事前に示されていた予測を大きく超え、海岸線から約4㎞、六郷小・六郷中敷地のすぐ横まで、津波は到達しました。


「東日本大震災津波詳細地図」(原口強氏・岩松暉氏作成)より

子どもたちも、避難所や仮設住宅への仮住まいなど、長期にわたって厳しい暮らしを送った人は少なくありません。当時六郷小に勤務していた先生からは「被害のあった子のケアをする上で、同じクラスの中に大きな被害を受けた子と何か月かしてすっかり元通りに暮らしている子と一緒にいて温度差が大きいことによる難しさを感じる」とも聞きました。

そもそも小学校が再開するまでにも、時間を要しました。
避難所として多くの避難者を受け入れた六郷小は、途中、耐震性の課題が明らかになった体育館を閉鎖して規模は縮小されたものの、最終的に4月14日まで35日間の避難所運営がされました。学校の再開は、4月18日からとなりました。


沿岸部から車で避難してきた方も多かった六郷小。
(2011.3.12の航空写真…国土地理院電子国土webより)

上記は、東日本大震災のごく一端に過ぎません。
しかし、あらためて書いていくと、東日本大震災について記憶に残しておくべきことの多くは、あまりまとまった記録として残されていないのではないか…という印象があります。

12年前、平成30年度に生まれた子たちも間もなく卒業です。これから先は、全児童が震災発生後に生まれた子ということになります。大人にしても、震災発生後に移り住んできた方も少なくありません。
先生方もおっしゃっていますが、いかに伝えていくかは、やはり大きな課題です。

六郷地域にとって、決して「過去のこと」ではない震災。
本ブログでも、あらためて取り上げたいと思います。

実行委員会だより最終号

仙台市立六郷小学校 開校150周年記念事業について、決算の監査も終わり、実行委員会の最終号を発行いたしました。 沢山の方々のご協力の元、この時を迎えられました。心より感謝申し上げます。